NLP人体実験 #6 -無意識下にいた「鬼先生」と仲良くなる-(プロコーチ付き)

活用したワーク

不明(タイムライン?+肯定的意図+アンカリング?)

クライアントに向き合えていない感覚の裏にあるbeliefが形成された過去の体験まで遡り、beliefを書き換え、書き換えた後のbeliefから現在の状況に向き合う

 

実施経緯

過去1年間、コーチングやシステムコーチングのリード中、何か核心から目を背けて見ないようにしている、逃げている感覚がずっと残っている。

具体的に何から逃げたかは特定できていないし、言語化できていない。でも、心のどこかで「あの瞬間、お前…逃げただろ?」と戒めの囁きが聞こえる。「あ、あの時ビビって逃げたな」と認識している場面もあるが、それ以外にも一瞬だけ身体が微々たる反応は示したような気がするけど、それを確実にスルーした…と後から思うことがある。

そういう自戒の囁きがずっと脳裏に残っている。それは見る人が見ないとわからないような微々たることなのかもしれないけど、それが積み重なり、「ちゃんと仕事をしていない感」「クライアントへの罪悪感」「ちゃんと生きていない感」「自分のgiftに責任を取っていない感」として自戒の念になっていたので、その「何かから目を背け逃げている行為」をちゃんと扱えるようにしたいと思った。

 

対象

コーチングやシステムコーチング中に、何かから目を背け逃げている行為

 

体験を通じて感じたこと

関連画像

予めお伝えすると、このセッションで起きたことは、現代社会の通年では理解できないようなもので、何故そうなるのかが全く解説不能です。

セッション中に逃げる直前の瞬間に出る感覚は、ぐちゃぐちゃの線が眉間あたりにゴニョゴニョしているような感覚だった。

そして、無意識の記憶を遡るように、この感覚を人生で初めて感じた瞬間まで戻るという意味不明な体験をしてみると、5歳のところで身体が止まった。(意識ではなく無意識なので、何故5歳だと特定できたのかは、全く説明できません。)5歳の時の記憶を更に掘り下げていくと、当時渡米した直後で英語が話せない中、Kindergarten(幼稚園)に通っていた頃の記憶が出てきました。Mrs. Lo? Law? Low? Lou?(ミセス・ロー)という先生との記憶でした。(なお、覚えている限りここ30年間は、ミセス・ローのことを思い出したこともないのに、無意識がそれを呼び覚ますことにもびっくり。)暫くすると、私の祖母も出て来て、ミセス・ローと私と祖母によって繰り広げられた放課後の一シーンが蘇ってきて、こんな会話が呼び覚まされました。

私: 「おばあちゃん、おしっこ行きたい」
祖母:「じゃあ、ミセス・ローに、ピーピーって言ってきなさい」(ピー(pee)は、アメリカの子供が使う小便のこと)
私: 「(ミセス・ローの所に行って)ピーピー」
ミセス・ロー:「No! No! No!  #$%&#$%#@!!! #$%&#$%#@! #$%&#$%#@!」

 

ミセス・ローは、こんな髪型…

「爆発ヘアー」の画像検索結果

 

ミセス・ローは、こんな表情…

「般若 仮面」の画像検索結果

 

ミセス・ローは、こんな服装…

新品!ワンピ < 女性ファッションの

 

当時、渡米して間もない頃で、英語が全くわからない私。見渡す限り、大半の白い人の中に、黒い人や黄色い人が混じっているような環境。黄色い人は、容姿が見慣れている分、微かな安心感を覚える。そんな黄色い人の一人であるミセス・ロー(多分、韓国系だと思う)。違和感しかない慣れない外国で、数少ない安心感を覚えるルックスであったはずのこの先生に、高いところから見下ろして、細い目を釣り上げて、眉間にしわを寄せて、鬼の形相で、唾をかっ飛ばしながら、甲高い声で「#$%&#$%#@!」と言われた。この時、私の中で形成されたbeliefは、「私は、分からない子」というものであった。
※ちなみに、「#$%&#$%#@」は、「バスルーム(bathroom)」であることを、今になって聞き取れました。

そして、この「私は、分からない子」というbeliefをこの後、書き換えていくことになる。その詳細な過程は割愛するが、私がミセス・ローとの記憶を書き換えながら、穏やかで優しくなったミセス・ローの教育者としての肯定的な意図(「子供に自立してもらいたい」)を確認しながら、「私は、安心して学べる」というbeliefに書き換えた

この「私は、安心して学べる」という新しいbeliefが、今後どのように役に立つかまだまだ未知数ではあるが、少なくともセッションの最後には、今までよりも「人や失敗を恐れずに、学びのために、敢えてライトな感じ・穏やかな気持ちで、踏み込んでチャレンジができる」「人からのフィードバックを、もっと安心して聞いて、素直に聞ける」ようなイメージを持てていました。

 

次のアクション

  • コーチングの場を意図的に設けて、「私は、安心して学べる」というbeliefを握り、失敗しても良いという気持ち、失敗したらそこから学べばという潔さで、セッション中に感じた違和感を紐解くために、踏み込むことにチャレンジしてみる。
  • 今週予定している会議で、いつもの事象が出てきた時は、許可をもらって踏み込んでみる。

 

結果

  • 気のせいか、以前だったらマイナスに捉えてしまうことを、「マイナスに捉える見方もあるけど、違う見方もあるよね」と、周囲のちょっとした表情の変化や発言を過度に評価判断したり、過敏に反応しなくなったような気がする。少し判断を保留できるようになったのか?
Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *